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インタビュー2008-07-04

外国人旅行者受け入れに情熱を燃やし続ける「谷中のお父さん」-澤の屋旅館・澤功さん(前編)

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 江戸風情を今に残す、台東区谷中。あかぢ坂を下った閑静な住宅街の一角にたたずむ、こじんまりとした和風旅館「澤の屋」。1949年に開業した同施設が、外国人観光客の受け入れを始めたのは1982年のこと。前例もない状態から手探りでノウハウを作り上げ、インバウンド観光の促進に取り組んできた。現在もなお「観光カリスマ」として全国各地を回り、外国人の訪日促進のために情熱を燃やし続ける店主の澤功(さわ いさお)さんに、同施設の変遷や地域との関わり、今後のビジョンについて伺った。(以下、敬称略)


■3日間「宿泊客ゼロ」−廃業危機からの再出発

澤の屋外観−澤の屋が国際旅館としての運営を始められた「きっかけ」を教えていただけますか

澤「私が家内と結婚した1964年は東京オリンピックが開かれた年で、ちょうど修学旅行の最盛期でした。観光を目的に来てくださるお客様も多くいっしゃいましたし、景気が続くと見越して旅館の半分を鉄筋3階建てにし、部屋数も24室に増やしました。ところが、1970年に大阪万博が終わったのを境に宿泊客の数が一気に下降してしまい、商用のお様も駅前の便利な場所に建てられたビジネスホテルへ流れてしまいました。そんな時、新宿の「やしま旅館」さんから「外国人のお客さんを受け入れてはどうか」と提案をされたのですが、言葉も解らないし、和風旅館では外国の方を受け入れることができないと思っていましたので、1年間は踏み切ることができませんでした。でも、ついに宿泊客ゼロという事態が3日間続いてしまい、このままでは廃業してしまうということで、外国人の宿泊を受け入れている「やしま旅館」へ家内と見学に行きました。そこは部屋数12室、バスとトイレ付きの部屋はほとんどなく私達の旅館とほぼ同じ環境だったのですが、外国人のお客様で活気立っていました。(店主の)矢島さんが喋っている言葉も簡単な英語だったため、これなら私達にもできるのではないか、と思えました」


■外国人旅行者を迎える、ということ−文化と様式の違い

澤の屋外観−様式が違う国の人達がお客様になって、困った点はありましたか

澤「受け入れを始めてから3年ほどは、言葉よりも生活習慣の違い、文化の違いに戸惑うことだらけでした。トイレは和式のものしかありませんから、金隠しの部分に座って用を足されてしまったり、ユニットバスに慣れているので入浴が終わった後に風呂の栓を抜かれてしまうことも何度かありましたよ」

−そういった「違い」について辛く思われることはなかったのですか

澤「お客様が自分の国でやっていることを、ここでも同じようにしているだけ、と理解するまでは悩みましたし、辛いと感じることもありました。でも、お客様はそのことを『良いこと』・『悪いこと』としてやっていたわけではなく、『ただ(文化が)違うだけ』と思えるようになってからは、ずいぶん気持ちが楽になりました。私達日本人だって、外国のホテルに泊まれば、ユニットバスの使い方に戸惑って浴槽の中で体を洗って、トイレとつながるフロアを水びたしにすることもあるでしょう。それと同じ事だと思うんです」

−トイレやお風呂など施設の使い方のほかに、相違点はありましたか

澤「誤解を受けてしまうことはありました。あるときに、宿泊を希望されているお客様が2人フロントにきて『予約をした』『していない』で言い合いを始めてしまったんですね。その時、部屋は満室でしたので、事情をお話して、穏便にお引き取りいただこうと思って丁寧にお詫びをしたんです。そうしましたら、私が話をすればするほどお客様の期限が悪くなってしまって。何がいけないのか、と困っていたら『お前はこんな時にどうしてニコニコ笑っているんだ』と叱られてしまったんです。険悪にならないようにと笑顔で接していたのが、お客様にとっては逆に不快感を持たせてしまったんですね」

セルフ−そういった文化の違いを受け入れてから、改善された点はありますか

澤「英文で張り紙をしたり、イラストで風呂やトイレの使い方を図説したり、どの国の方にも解っていただけるような方法で伝えるようにしました。部屋に入るとせんべいやお茶菓子が置いているような『日本旅館』特有のもてなしをセルフサービスに変えたりもして、できるだけ外国の人が使いやすい環境になるように、いろいろと試行錯誤しました。洗剤はサービスして、お客様が滞在中に自分の服を洗濯できるように洗濯機を置いたり、アイロンも設置しました」

−セルフサービスの一環として他にどんなことをされていますか

澤「(1階の)食堂にインターネットができる環境を作りました。澤の屋をインターネットから知って来られた方もいますし、旅行中にどこを観光したいかなど、スケジュールを立てることにも役立ててもらえればと。それと、食器棚にコーヒーと紅茶を置いて、自由に飲んで貰えるようにしてあります。そこからもまた、文化の違いが垣間見えました。あるときに、ブラジルの方が使った後のコーヒーカップに砂糖がたくさん残っていた時に『無料だからって、もったいない飲み方をする』と家内が言うので、国際観光振興会で聞いてみると『ブラジルではコーヒーに砂糖をたくさん入れて、混ぜないで上澄みだけを飲む』というんです。そのお客様にとっては日常的なことだったと知り、帰ってそのことを家内に話しました」


■心で接して伝える「言葉」と、お客様に教わりながらの「食事」

メニュー−はじめに不安を抱えていらしたという、言葉については

澤「大きな障害になると思っていた『言葉』ですが、これは始めてみたら一番障害にはなりませんでした。特に難しい英文で会話をするわけではなく、私のしゃべる簡単な英単語でも十分にコミニュケーションを取ることができます。お客様は、私に理解を求めながら、ゆっくりと聞き取りやすい発音で話してくれますから、大体何が言いたいのか、伝えたいのか解るんです。解らない時に私が黙ってしまうと、お客様が戸惑ってしまいますから、その時には「Not understand」と。話す言葉より、もてなす心で接することの方が大切だと思うんです。外国人旅行者の受け入れを始めた当時は、息子がまだ中学生でしたから、その教科書を借りてきて、お客様に使う文章を作って丸暗記しました。けれども、それを棒読みするだけでしたので、お客様には全然通じません。簡単に単語だけで喋ると解ってくれたので、メニューを指してもらって理解しました。英語が使えないお客様には、食べたいもののイラストを描いてもらうようにしました。身振り手振りのボディーランゲージで表す方が、お客様に伝わることもよく解りましたし、単語を並べていった方が相手(外国人客)に解って貰いやすいんです」

−各国の方が宿泊するなかで、食事について工夫された点を教えて下さい

澤「夕食はほとんどの方が外で食べられるので、出すのをやめました。お客様に『こういう料理が食べたいのだけれど』と言われれば、それを扱う店をご案内しています。自分でインターネットから検索して出かける方も。様々な国の方がいらっしゃいますから、好みもそれぞれです」

−食堂の黒板に書いてある洋食のメニューは、朝食のものですか

澤「はい、そうです。外国人のお客様の受け入れを始めたばかりのころは『洋食はできません』とお断りをしていたのですが、そのうち、たくさんのお客様からリクエストを受けるようになったので、新宿のやしま旅館さんをお手本にして洋食を出すようになりました。やしま旅館さんで出していたものはパンとジャム、ゆで卵というシンプルなものでしたから『これならばうちでもできる』と」

−お客様の反応はいかがでしたか

澤「始めのメニューでは、ゆで卵の変わりにトマトとキャベツを添えた目玉焼きを『フライドエッグ』と表示していましたが、あるとき、お客様に『スクランブルエッグが食べたい』と言われてしまって。『それはできません』とお断りしたところ、『自分で作るからキッチンを貸して欲しい』と言って作り始めました。フライパンにバターを落としたら、ミルクと卵をかき混ぜてそれを焼くだけのシンプルな料理です。それから、メニューにスクランブルエッグも加えました。『タンオーバー』と言われたら両面焼きのことなど、卵の焼き方もお客様から教わりました。それと『飲み物に氷を入れたら味が変わってしまう』と言われてからは、オレンジジュースやミルクを冷やしたグラスに入れて出すようにしています」

ししまい−気づいたことを、お客様に沿って変えてこられたということですね

澤「海外では、私自身も『お客』という立場になります。家内と二人で海外旅行に出かけるのですが、宿泊するB&B(ベットアンドブレックファースト)の朝食はどの国も立派なんですね。パンも飲み物も種類がたくさんあります。そういうボリュームのあるものに比べると、私たちの朝食はちょっと質素にみえますが『充分とはいかなくても、できることをしているのだから、これでもいいか』という気持ちで出しています。これは外国人の受け入れに対して全てに共通することですが、言葉が話せるか、設備が整っているかどうかではなくて『外国のお客様を迎える』という心構えで受け入れてみることが一番大切なことだと思います」

澤の屋旅館

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