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インタビュー2010-02-15

日暮里の銭湯で働く最後の「三助」・橘秀雪さんに迫る

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 かつてはどの街にも存在し、庶民の憩いの場として親しまれてきた銭湯。そうした下町の象徴ともいえる銭湯だが、かつては東京都内に2,500軒以上あったその数も、現在では約3分の1となる900軒にまで減少している。しかし、その銭湯で背中を流す仕事「三助」に近年注目が集まっている。その昔は銭湯に欠かせない存在だったという三助だが、相次ぐ銭湯の廃業から、現在では日本全国でもただ一人を残すのみとなってしまった。そんな「最後の三助」であり、サントリー「BOSS」のCMにも出演した、日暮里の銭湯「斉藤湯」の橘秀雪さんに密着した。

 まず、三助という仕事を詳しく紹介しよう。

斎藤湯店内に飾られている「三助」橘さんのイラスト

 銭湯の歴史とともに存在し、江戸時代の浮世絵にもその姿が描かれている三助。日暮里・斉藤湯の斉藤さんは「三助というのは本来職業じゃない。本来三助と言われている人というのは番頭さん。番頭さんの仕事は釜たき、温度調整、掃除、そうした3つの裏方仕事を助けている。そういう意味で三『助』。その合間にお客さんの背中を流している。だから、本来の仕事は背中を流すことではなく番頭仕事」と説明する。

 そして、高度経済成長を境に内風呂が普及。そこに温度管理の機械化や、銭湯そのものの衰退が拍車をかけ、三助たちもだんだんと姿を消していってしまう。そして2009年、日本で最後に残された三助が橘さんだ。

 「やりがいなんて特にないよ」と職人らしくぶっきらぼうに話す橘さんは富山県の出身。かつては自分の銭湯を構えるという夢を抱いて上京してきたものの、時代のすう勢もあり、斉藤湯で番頭として活躍しながら三助の仕事をこなす。1日平均で7人、多い日には15人もの背中を流す橘さん。丹念に背中を流し、マッサージを施しながら、一人あたりにかける時間は15分。50年にわたって数え切れない数の背中を流してきたその手はまさに「職人の手」だ。「あと何年くらい続けたいか?」と投げ掛けると、「わかんないよ、もう年だから。何年続くだろうねえ」となれないインタビューに照れくさそうに答えながらも、背中を流す手は正確に仕事をこなしている。

最後の三助と言われる橘さん

50年背中を流し続けてきた橘さんの手

斎藤湯店主の斉藤さん

 CMの効果もあり日本中からお客さんが訪れるようになったという斉藤湯。「特に土日は北海道から九州まで日本全国からお客さんがいらっしゃる。最近は東京都浴場組合でマップの配布も行なっているので、地域のお客さんだけではなく、東京各地からお見えになる若いお客さんも多くなってきた」(斉藤さん)という。

 現在、後継者なども現れず、橘さん一人が守り続ける三助という仕事。日本独自の文化を守る意味からも、本来はなくなってほしくない仕事だが現実は厳しい。。しかし、斉藤さんの思いはそれだけではない。「時代の流れもあるが、橘が浴場主になれなかったことが気の毒だなって感じる。だから、文化としてどうこうというのではなく、橘とは1日でも長くやっていきたい」と話す斉藤さん。もう50年来になる橘さんと斉藤さんの関係には当人たちにしか知り得ない特別な思いがあるのだろう。「橘は命を懸けて東京に出てきている。だからわたしも橘にできる限りやってもらいたい。きっと橘も同じ気持ちでしょう」。

 2人の関係が続く限り、「最後の三助」は背中を流し続ける。

(文責:萩原雄太・西田陽介/上野経済新聞)

斉藤湯

住所:東京都荒川区東日暮里6-59-2
TEL:03-3801-4022
営業時間:16時~0時
料金:450円(背中流しは別途400円)

斉藤湯

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