インタビュー2010-08-31
園長が語る上野動物園の“これまで”と“これから”-小宮輝之園長インタビュー<後編>
上野動物園小宮園長インタビューの後編。
後編では、これからの上野動物園の目指す形を聞いた。
はたして、国民的動物園が目指す21世紀の動物園とはどのようなものなのだろうか?
上野動物園の園長の仕事とは?
-園長としては普段どのような仕事をしているのですか?
動物園全体のことを考えながら、次のアイデアを出して実行します。他の動物園や野生の姿を見ながらアイデアを練っていくんです。クマを冬眠させたときは、実際に野生のクマ生息地にも行きました。野生の環境から現在のクマ舎を発想しました。

上野動物園で初めて成功したクマの冬眠(公財)東京動物園協会
-生息地にも実際に足を運ぶのですか?
それが大事なんです。自然をどう切り取って展示するかというのが非常に大事。よその動物園でやっていることを安直に切り取ってもダメです。もちろんいいところは取り入れますが…。
-他の動物園の展示方法を取り入れた例はありますか?
ヤマアラシはニューヨークの動物園で見ましたが、棒の上に展示されていました。今、上野動物園では、地形を利用してイソップ橋近くにある木の上で生活しています。もともと生えていた木を利用しているのでお金もほとんどかかっていません。
-上野動物園では現在、何種類くらいの動物を飼育しているんでしょうか?
500種くらいですね。個体数は3,000~4,000の間くらいじゃないかな。上野動物園の歴史としては、データが膨大すぎてまだ完全には把握できていませんが、哺乳(ほにゅう)類だけで400種ほどを飼育してきました。わたしの確認している哺乳類は4,500個体ほどですが、ネズミや鳥などを含めていないので、それを入れると大変な数になってしまいます。
-園長として最も楽しいひとときは、どのような時でしょうか?
動物園をぐるっと回るのが楽しみですね。次の展示アイデアも浮かびます。園長室で座って考えているだけではなく、やっぱり実物を見て回らないといいアイデアは浮かんできません。マレーグマの展示施設をつくる時、設置場所に樹齢100年くらいの木があったのですが、その木を残しました。建築屋さんは嫌がりましたが、切ってしまったらマレーグマの木登りを見ることができませんよね。新しく植樹して木が生長するのを待っていたら、俺が生きているうちに見れない(笑)
-「物語 上野動物園の歴史」を読み、歴史を知ってから改めて上野動物園を見ると動物園の見方も変わりますね。
今改修工事を行っているホッキョクグマの展示施設は82年前に日本初のおりのない猛獣舎として建設されました。浅草~銀座間を結んだ日本最初の地下鉄と全く同じ時期にできました。当時は地下鉄に乗ってホッキョクグマを見に来るというのが最先端だったんですね。
-猿山もかなり長い歴史を誇っているとうかがいました
猿山には78年の歴史があります。戦前に建築された猿山には日本の左官職人が最高の技術を使っています。

78年もの歴史がある猿山
-千葉県富津市の岩山をモデルにつくられていますね。
日本中にある動物園の猿山は、アメリカから輸入された技術を使って戦後に作られています。パネルで型を取って作ります。ここだけの話、だから上野動物園以外の猿山は全部グランドキャニオンをモチーフにしているんです。
-なるほど~。他に上野動物園自慢の展示施設はありますか?
不忍池ですね。終戦直後は野球場にしようとか競馬場にしようとかいう話もあったのですが、上野動物園の展示施設として残りました。
-今ではオオワシの展示も不忍池の中にありますね。
以前は野生のカワウを大事にしていたのですが、そうしたらウとハスだけの池になってしまった。それは生物多様性の観点から正しくありません。いろいろな生物のバランスが取れることが重要です。今、ペリカンや白鳥なども飼育していますが、白鳥はハスを食べてくれます。生物多様性が取れれば現在数百万円をかけて行っているハス刈りも不要になるんです。
-単純な疑問なのですが、オオワシは逃げないのでしょうか?
時々逃げるけど、逃げたら捕まえればいい。もともと飛べない個体ですが、不忍池に放したら繁殖までしました。幸せそうに生活していますよ。
祝・パンダ来園! そしてこれからの上野動物園は?

いよいよ来年上野にやってくるジャイアントパンダ!(公財)東京動物園協会
-来年にはいよいよパンダがやって来ますが、そのための準備は進んでいるんでしょうか?
これからですね。パンダ舎が昔の施設なのでクーラーを入れ替えたり、扉もガタが来ているので取り替えたりする予定です。
-来年3月という報道ですが、来園日は決まっているのでしょうか?
全然決まっていません。まだちゃんと契約をしていない状況なので、これからそういったことも決まっていくと思います。
-パンダがやって来ることで、来園者が増えることも期待されますね
そうですね。ただ、昔のようなパンダブームにはならないと思います。昔はみんなパンダを見たことがなかったのですが、今はそうじゃないありませんからね。それに、昔のようになってしまうとパンクしてしまい、動物園としても困ってしまいます。収容が限界になったため、動物園内にあった水族館を葛西に移設し葛西臨海水族園が誕生しました。また同じことになれば、新し動物園をつくらなければなりません。
-著書にも書かれていましたが、入園者増がそこまで喜ばしいことではないというのは意外です。
パンダブームのころのように「立ち止まらないで見てください」という状況は動物園として駄目なんです。ゆっくり観察ができないなら、動物園としてお客さまに失礼です。
-パンダの他に展示したい動物はいますか?
誰もが名前を知っていて実物がいないという状態は解消したいですね。東京の動物園にラクダがいません。大島まで行かないと見ることができません。それにヒョウもいない。そういう動物は一頭でいいから入れたいですね。上野動物園に来て図鑑を見せなきゃらならないんだったら動物園は要らない。やっぱり、本物を見せたい。映像で十分という人もいますが、映像ではにおいも大きさもわからない。生きた動物がいるから動物園なんです。
-研究施設としての上野動物園の功績を教えてください。
佐渡で飼育されているトキが食べている人工飼料は上野動物園で開発されたものです。コウテイペンギンは温帯特有のカビに感染してかつては飼育することが難しかったのですが、水虫薬を投与して温帯での飼育に初めて成功しました。パンダの人工授精も中国を除いて当時は上野だけです。クマの冬眠についても国際的な評価を獲得しており、アムステルダムをはじめ外国の動物園からも問い合せが来ています。

人工授精によって誕生したパンダのトントン。(公財)東京動物園協会

水虫薬を吸入されるコウテイペンギン。(公財)東京動物園協会
-上野動物園は今後、どのような活動を目指していくのでしょうか?
環境動物園として二酸化炭素(CO2)をなるべく排出しないようにしていきたい。現在でも壁面緑化や遮熱舗装などに取り組んでいます。エサ運びもトラックじゃなくて馬に運ばせたりしたいですね。また、国民的動物園として役割があると考えています。在来家畜などは生きる文化財として大切にしていきたい。
-絶滅危惧(きぐ)種の動物に対して、今後の取り組みはいかがでしょうか?
これまでトキ、コウノトリ、タンチョウなどの飼育技術の開発に取り組んできました。今、日本で一番危ないのはライチョウです。日本のライチョウは捕獲できないので、上野動物園ではノルウェーのスバーバルライチョウを研究しています
-スバーバルライチョウについては以前上野経済新聞でも取り上げました。やはり、展示よりも研究の方が目的なのでしょうか?
それは両立しないといけません。実物を見て「冬はこんなに真っ白になるんだ」と感じないと本当の素晴らしさはわかりません。そこからこの鳥を守りたいという気持ちが育まれます。だから希少動物も積極的に公開していきたいですね

上野動物園で研究・飼育しているスバーバルライチョウ。(公財)東京動物園協会
-最後に上野動物園に来られる方にメッセージをお願いします。
園内には緑も残っており、ゆったりとした気持ちで利用してほしいですね。「勉強しに来てください」とは言わないから、まず動物のかわいさに癒やされてもらいたい。そこから動物保護や自然保護の気持ちを育んでほしいと思います。
【著書紹介】
「物語 上野動物園の歴史」
小宮輝之(著)
定価:924円
ISBN:978-4121020635
新書:292ページ
1872(明治5)年、湯島の展覧場にオオサンショウウオなどが展示されて以来、140年の歴史を持つ上野動物園。明治期には、ニホンオオカミやトキが飼われ、徳川慶喜がナポレオン三世からもらったウマも暮らしていた。戦中には猛獣殺害という悲劇もあったが、今では飼育種数では世界有数の動物園に育ち、教育・環境保全などでも重要な役割を担っている。園長自身が激動の歴史を、代表的な動物たちのエピソードとともに案内する。
【プロフィール】
小宮輝之(こみや・てるゆき)1947(昭和22)年東京日本橋生まれ。明治大学農学部卒業後、多摩動物公園の飼育係となる。上野動物園、井の頭自然文化園の飼育係長から、多摩、上野の飼育課長を経て、2004年から上野動物園園長。
(文責:萩原雄太、西田陽介/上野経済新聞)
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