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インタビュー2008-07-15

外国人旅行者受け入れに情熱を燃やし続ける「谷中のお父さん」-澤の屋旅館・澤功さん(後編)

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 江戸風情を今に残す、台東区谷中。あかぢ坂を下った閑静な住宅街の一角にたたずむ、こじんまりとした和風旅館「澤の屋」。1949年に開業した同施設が、外国人観光客の受け入れを始めたのは1982年のこと。前例もない状態から手探りでノウハウを作り上げ、インバウンド観光の促進に取り組んできた。現在もなお「観光カリスマ」として全国各地を回り、外国人の訪日促進のために情熱を燃やし続ける店主の澤功(さわ いさお)さんに、同施設の変遷や地域との関わり、今後のビジョンについて伺った。(以下、敬称略)


■アットホームな家族旅館−人と人との出会いを、おもてなしの心で

澤の屋外観−朝食の準備や館内のメンテナンスなど、ご家族のみなさんで分担されているんですね

澤「澤の屋は『家族旅館』ですから、食事の用意や掃除、フロントでのご案内なども私と家内と息子夫婦でまかなっています。朝はお客様の食事の用意に加えて、孫が学校へ向かう時間と重なりますので、大忙しですよ(笑)。メニューの注文を受けたら、厨房で家内がそれを作って、息子たちがお客さまのテーブルに運びます。部屋の清掃も、お客さまの管理も、フロントの仕事もそうですが、皆で助け合って行います。お客様のニーズに出来る範囲で応えていきたいという気持ちでやっています。例えば、早朝の魚河岸に出掛けたいとおっしゃる方のためには、河岸の日程表を用意してフロントでご案内をしています。その方がお出かけになる日に、河岸がお休みではあまりだと思って…事前に私どもで調べられることや提供できる情報があれば、お伝えするようにしています。総合的に何か『特別』なサービスを行っているというわけではないのですが、日本での滞在期間を快適に過ごしていただけるように、ホスピタリティーの精神で『おもてなしの心』を何より大切にしています」

澤の屋外観−そうしたアットホームな感覚でいつでも迎えてくれる宿に、お客様の反応は?

澤「お客様がチェックアウトをされる際には、私どもでお見送りをしています。『また来るよ』と言っていただいて、実際に何ども足を運んで下さる方や、自分の国へ帰ってから口コミで別のお客様に紹介していただけたりと、そういう『人と人との出会い』は本当にうれしく思っています。小さな宿ですから、やはり「人ありき」なんだと。10年来のリピーターのお客様もいらっしゃいますし、家族旅行でお泊まりになる方もいて、国も職業も目的もさまざまです。お客様同士が声を掛け合って仲良くなる光景も珍しくないですし、情報交換をされたりもしていますね。宿泊料金が安いこともあるとは思いますが、お客様になぜ澤の屋を選んでいただいたのかを聞くと『いつも同じ顔ぶれのスタッフに会える、家族旅館だから』とおっしゃるんです。独身時代にお泊まりになった方が、その後結婚されて、今度は奥様とお子さんを連れて来てくれたことも。施設を大きくしようかと思った事もありましたが、常連のお客様からの『今のこの澤の屋が気に入っているのに、それが変わってしまうのなら、もう利用しない』という言葉を受けて、やめてしまいました。お客様がこの場所を気に入っていただけることは、ありがたいことですから」

−澤さんを慕って、リピーターになる方も多いように思えますが

澤「そう思っていただけているなら、とてもうれしいことですね。少し照れくさいですが(笑)」


■街との関わり、人と人との交流−街ぐるみの受け入れ態勢を

澤の屋外観−澤さんがご主人になられた当時から、街の人たちとの連係が取れていたのですか

澤「私が澤の屋で仕事をするようになった時、義母に『あんまり町会に関わらないでほしい』と言われたんですね。『役員になったりしたら、町内の行事やらでいろいろと手間が増えて、旅館の仕事ができなくなる』という理由からだったのですが、その当時は深く考えずに、そういうものなのかと思って納得するようにしていました。ところが、義母の姉が亡くなった時に、私のところへ町会長さんが見えられて『葬式は町会でやりますか、組合でやりますか』と聞かれたんです。『町会でお願いします』と言いましたら、皆さんが葬式の準備をして下さって、私はその場に座っているだけで、無事に式を終えることができました。しかし、その通夜の時です。広間の方に料理を用意したのですが、旅館組合の人たちは上がってくれたものの、ご近所さんたちは香典を置いてそのまま帰ってしまったんですね。私の生まれた新潟では、お通夜の時には故人の最後の『お祭り』として、たくさん人を呼んでにぎやかにという風習がありますから、義母の時もそうしてやりたいと思っていました。でも、それまでご近所さんたちとの付き合いをしていませんでしたから、来ていただけなかったんですね。その事があってからは、私も町会に出たり、街の行事に顔を出させていただいたりと、積極的に参加するようになりました。お陰さまで、義母が亡くなった時には町会の人たちにも来ていただけて、たくさんの人に見送ってもらえました」

−現在は、谷中界隈全体が街ぐるみで外国からの旅行者を受け入れる体制になっていますね

澤「そうですね。夕食を出すのをやめてから、お客様がこの界隈の施設を利用されることが多くなりましたから。ある時、フランス人の芸術家の方が3カ月お泊まりいただいたことがあって、初めは何か不満に思うところがあったようなのですが、2、3日したら「伝統的な日本文化の漂う、この街が気に入って好きになった」と、楽しそうな顔を見せるようになったんですね。それをきっかけに、私どもでこの辺りの飲食店などを紹介するマップを作りました。手作りなので、そう立派なものではありませんが、お客様は喜んでいただけました。フロントで『こういう店にいきたいのだけど…』と聞かれるお客様には、それを使って説明しています。近隣のお店には『澤の屋に泊まっている、外国のお客様がうかがうかもしれません』とお話をして、受け入れていただけるようにお願いをしました。下町の匂いの残るのんびりとした街ですので、初めは戸惑っていらっしゃるようでしたが、そのうち『welcome』と看板を出してもらえたり、英語表記のメニューを用意していただいたりと、積極的に受け入れ態勢を作っていただけました。お祭りや地域のイベントにも、澤の屋のお客様を混ぜていただいて、今も街のみなさんには多くのサポートをしてもらっています。澤の屋も、街で開催されるイベントや新しく出来たお店のチラシを置いています。最近は、『置かせて下さい』とチラシを持ってきてくれる新しいお店が増えました。この街が昔ながらの雰囲気も残しながら、新しく変わっていくことは、良い事だと思うんですね。『ここにしかないもの』が増えていくわけですから」

−お客様は谷中の街をどんな視点で捕らえているのですか

澤「あるお客様から聞いたエピソードなのですが、食事をしに少しこぢんまりとした和食のお店へ入ったら、すでに他のお客様で席がいっぱいになっていたそうで…。どうしようかと思っていたら、長いすに掛けていた人たちが少しずつ奥に詰めてくれて、そのお客様の座る場所を空けてくれたんだそうです。『食事をしていた人たちが、嫌な顔もせずに快く受け入れてくれたことが、とてもありがたかった』と、とても喜んで私に話してくれました。谷中という街は、昔ながらの『長屋』の趣を残す場所ですから、風潮として『どこから来たんだ』、『仕事は何をしているんだ』とか『何歳なんだ』とか、余計な事を聞いてくる人がいないんですね。それが例え、外国から訪れている人だとしても、特別珍しがったり、事細かに詮索することもないし、そういった雰囲気もお客様が『この街』を気に入っていかれる大きな理由のひとつなんだと思います。戦前から残るお寺や神社、古き良き町並みもありますし、下町情緒というか、日本の歴史ある文化を感じ取ってもらうのに適しているんですね。美術館やギャラリーも見て回れます。生活感のある路地を探険するのも楽しいでしょうし、手焼きのおせんべい屋さんや昔ながらのお店もたくさんありますから、澤の屋のお客様も楽しんで街歩きをされています。それができるのも、街の方々が受け入れる体制を作ってくれているからなんですね」

−谷中界隈の方々からは、澤さんを讃えてこの地域の『お父さん』を呼ぶ声が聞かれますが

澤「街の方々にそう呼んでいただけるのは、とてもうれしいことです。でも、恥ずかしいですね。それにもう私は『おじいちゃん』ですから(笑)」


■豪華なホテルや食事より、人こそが『観光』−街があって、人がいて

メニュー−この街のすべてが、どこにもない観光スポットですものね。お客様の目的もそれぞれかと思いますが

澤「そうですね。澤の屋を利用して下さるお客様たちの旅の仕方は、個人旅行がほとんどですから。ビジネスとしてではなくて、観光を楽しみに来られているんです。そして『豪華なホテルに泊まったり、豪勢なご馳走を食べたことは忘れてしまうけど、旅の思い出としてずっと残るのは、その国の人たちとの関わりや、親切にしてもらったことだ』と言うんですね。その国の人がどんな生活をして、どんな考えを持っているのかに興味があると。街を歩いて、食べ物や商売の仕方を見ながら、自分の国と比較すると面白いし、驚きや発見があるんだそうです」

−各街の方々も、そういった部分を含めて受け入れ体制を作られているんですね

澤「街があって、人がいて、交流が生まれる。それが『観光』だと思うんです。一番重要だと思うのは『人間』ですから。外国のお客様が求めているのは、特別な設備が整った宿泊施設でもないし、有名な観光地だけを回る、という考えではないんですね。私どもの旅館は、泊まるだけの施設としてありますから。あとは、ほとんど街の皆さんにお任せしているんですね。日本人と外国人と同じように接して下さって、仲間に入れてくれます。ありがたいことです」

−澤さんの働きかけで、この界隈が活性化してきた節もあるのでは?

澤「結果として、そうなっている部分があればうれしいことですが、私は特別なことをしているわけではありません。澤の屋をたくさんの人に知っていただくと共に、この街の人たち、街全体の魅力が広く伝わっていけばいいと思っています」


■これからの『観光』とは−澤さんの見据える未来像

−今後、日本の観光についてはどのようになると思われますか

澤「2003年から政府が働きかけている『ビジット・ジャパン・キャンペーン』というものがあります。そこでは、訪日外国人客数を1,000万人にしたいという考えがあって、海外エージェンによる取り組みがされているようですが、それだけでは無理があると思うんです。個人旅行客の受け入れこそが、今後は重要になってくるはずですから。そのためには、外国人向けの宿泊施設をもっと増やすべきだと思っています。私どものような家族旅館でも、お客様に気に入っていただけているわけですから、日本には外国人のお客様が満足する宿がもっとたくさんあると思うんですね。講演の時にはいつもお話することですが『いつでも澤の屋を見に来てください。私どもの設備を見て、私の英語を聞けば、外国人客を受け入れる自信がつきます』と。また、私が注目しているのは『ギャランティー・リザベーション制度』というものです」

−どういった制度ですか?

澤「外国人のお客様の場合に、宿側が一番困るのが『不泊』です。キャンセルの電話が来ないことだってありますし。ところが、その場合のキャンセル料を請求するのがとても難しいんです。相手は海外にいますから。そういった時に、カード会社を通して宿泊費を請求できる制度のことです。この制度がもっと普及していけば、受け入れ側の不安も少なくなると思うんですね。澤の屋でも取り入れていて、予約の時にはカードのお客様しか受け付けないようにしました。海外では当たり前になっているシステムなんです」

ししまい−海外からのお客様が、快適な旅を過ごせる施設が増えていくといいですね

澤「そうですね。大きな施設を作るとか、豪華なツアーを打ち出していくとか、そういったことではないと思います。私どもだって、やってこれているんですから(笑)」

−澤さんの今後のビジョンについて教えて下さい

澤「時間が許す限りは、講演へ呼んでいただける場所へうかがって、私や澤の屋の話をして回りたい思っています。外国人のお客様を受け入れようと考えている宿の方に『できますよ』ということを伝えていければと。もっと若いころは『今より旅館を大きくしたい、どうしたら儲かるか』と、そればかりを考えていましたが(笑)いつからか、お金を儲けることを考えないで生きられるようになりました。日本のお客様が引いてしまって、辛い時期を経験したこともありますが、何よりも今はお客様に来ていただけることがうれしいんです。いろいろな国のお客様とも出会えて、たくさんの経験をしてこられたことも。私と家内で、お客様として来ていただいた方のところへ、今度は逆に呼んでもらえることもあるんですよ。うれしいことです。これからも、ありのままの『家族旅館』澤の屋を続けていくことが目標であって、私にとっての一番楽な生き方です。そう思えることも、とても幸せなことだと思っています」

−本日は、ありがとうございました



【 編集後記(取材を終えて)】

1982年に初めての外客を受け入れ、3年目から現在まで、90パーセント以上の客室稼働率を誇る澤の屋旅館。その後、26年間は常に満員という。延べ13万人の外国人旅行者を迎えてきた澤さんの笑顔からは、向かい合う人物を温かく包み込むような大らかさを感じる。国籍も性別も年齢も、話す言葉も、すべてが異なった人々が、こころから慕う『みんなのお父さん』は、精悍な薄紺色の作務衣姿で今日もフロントに立っている。その肩には、澤の屋のスタッフとして31年目のベテラン、インコのレオン。肩書きを表に出していくことや、褒め称えられることが苦手だと話す澤さん。その謙虚でひたむきな姿勢や、新しいことに臆することなくチャレンジしていく行動力こそが、澤の屋を作り上げてきた原動力なのだと、お話を聞き進めていくうちに、一層奥深く感じ取れた。「家族旅館」のチームワークと絆が生み出す「温もり」は、国籍を越えた多くの人の心に響く「観光」の一部なのではないかと思えた。今後も澤さんの活躍に注目するともに、日本のインバウンド観光がより活性化することを願いたい。

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