インタビュー2009-07-15
日暮里育ちの新フォント「修悦体」の魅力に迫る(後編)
インターネットを中心に絶大な人気を誇る「修悦体」。一介のガードマンでありながらその独特のガムテープ文字を開発し、話題の人となったのが佐藤修悦さんだ。後編では日暮里駅に着任した2007年以後の活躍を語ってもらった。
日暮里駅で進化し続ける修悦体
日暮里駅では案内板だけでなく、お正月には「謹賀新年」の文字も貼っていましたよね。
2008年のお正月に「工事で迷惑をかけて申し訳ない」という自分の気持ちから貼ったのが最初です。その時は駅長も毛筆で「謹賀新年」と書いて掲出していたんですが、僕が貼ったら駅長が自分の外しちゃったんです(笑)。今年は謹賀新年だけではなく「谷中七福神めぐり」の案内板も作成しました。
「修悦体」は独特の文字ですが、どういった意図から開発されたんでしょうか?
「開発」という意識はないんです。スケールや定規もなく、目測で仕事の合間にガムテープを貼っていくという作業ですから。新宿駅で始めた時は角張った文字だったんですが、日暮里駅に着任してから、角をなくすことを研究してだんだん丸みを帯びるようになってきました。
これからも修悦体は変化していくのでしょうか?
まだ研究段階ですから、日々進化しています。
修悦体を考案するにあたって、パソコンのフォントなどの影響は受けていますか?
受けていません。ガリ版世代なので自分で書くという世代です。特に美術を勉強したというわけでもなく、ただ昔から角張った字が好きだったので、自然とこういう字になっちゃうんです。
映画、CD、ゲーム、広がりをみせる修悦体
昨年には映画「まぼろしの邪馬台国」のタイトル文字も手掛けていました。
お話をいただいた時は、チーフプロデューサーの方から「映画のポスターの文字をどうしようか悩んでる」という相談で、「俺には関係ないな」と思いながら聞いてたんですが。
(笑)
で、社長が気に入ったのでぜひ作ってくれないかという打診があり、「どなたが出演されるんですか」と聞いたら吉永小百合さんだと。それで断ったんです。吉永小百合さんの映画のタイトルをガムテープで作ったら失礼じゃないですか。 けれども、その後もお話をいただきまして結局作ることにしました。ポスターの文字と聞いていたので、まさか映画本体のタイトルに使われるとは思いませんでしたが。
CDやゲームソフトのジャケットも修悦体で手掛けていますね
もう畑違いもいい所ですが…。話を持って来てくれる皆さんに共通しているのが、通勤などで日暮里駅を使用しているところ。それで案内板を見て気にしてくれたらしく。
各所で話題になっている「修悦体」ですが、盗まれたりはしないんでしょうか?
案内板がなくなったことも落書きをされたことも一度もありません。案内板は、とにかく伝えたいという一心で作っています。苦情が来たのは一度だけ。「トイレ」と書いたときに「イ」の字が違うと真面目に怒られました。それだけでした。
各所で実演会を開催されたと聞きましたが。
高円寺やお台場、六本木で実演会を開催しました。六本木の時はほとんど外国人しかいないようなイベントで、司会の人も全編英語なのでどのように紹介されているのかもわからないんですよ。唯一わかった英語は「ガムテープ」でした(笑)。そんな中、「修悦体」と日本語で作ったんですが、完成したら外国人が「うわー!」っていうすごい盛り上がりになりました。
修悦体で書きたかった2つの言葉
工事現場の仮囲いに作られるものだから、工事が終了するとともに案内板はなくなってしまいますよね。作者としては寂しくありませんか?
寂しくないですね。工事が終われば正規の看板が作られます。そちらには到底太刀打ちできないので、「お疲れさん」と頭を下げながらベリッとはがします。
日暮里駅の利用客から修悦体の反応はどのようなものでしょうか?
誰だって使い慣れた駅が工事中でトイレの場所が遠くなったりしたら、文句を言いたくなると思います。だから、作業員初めガードマンも、とにかくお客さんに迷惑をかけないようにと神経をすり減らしながら仕事をしているんです。そういった中で「今度は何の看板?」とか「わかりやすいね」「今度のはイマイチ」と声をかけられる事自体信じられなかったです。また、その雰囲気が作業員さんに伝わることで、知らず知らず駅全体がいい雰囲気につながっていくこともありました。 日暮里駅の改良工事はほぼ完了したのですが、その記念として、念願だった「いってらっしゃい」「おかえりなさい」という文字を駅長には内緒で作りました。まあ、駅長はわかっていたと思うのですが。これは今では自分の家に大事にとってあります。
もう工事もほぼ終了して、いつ外されるかわからない状況ですが、現在(2009年6月)、日暮里駅に修悦体は何カ所くらいあるんでしょうか?
駅の中の京成とJRの乗り換えのところに1カ所と、改札を出て外側に何カ所かあります。改札を出て谷中側に行くと、簡単なマップ入りの看板が残っています。
本日はありがとうございました。
【編集後記】
修悦さんはいい人だ。それは「修悦体」を見ればわかる。そこに込められているのは、乗客に不便をかけたくないという真摯(しんし)な気持ちであり、安全を求める1人のガードマンとしての純粋な願いだ。かつて「段差あり、足元注意」という案内板を作った修悦さん。その案内板を、彼はわざわざ読みづらい迷彩柄で作った。そうすれば、案内板に目を止めるために、多くの人が足を止める。その結果、段差でつまづく人はいなくなる。 日暮里駅の改良工事も終わり、修悦さんはまた別の場所でガードマンを行う。どこかの駅で修悦体を見かけたならば、きっとその近くには、旅客の安全を願いながら、仮囲いの白い壁と向き合っている男がいるはずだ。(萩原雄太)
【著書紹介】
「ガムテープで文字を書こう」
佐藤修悦(著)
定価:1,500円
ISBN:978-4-418-09205-5
B5変形判 96ページ
文化祭、体育祭などイベントでプラカード作りに役立つ温かみのある書体の実用書。話題のガムテープアーティスト・佐藤修悦さん初の監修本。これ1冊で誰でも簡単にガムテープで文字が書ける。
【プロフィール】
佐藤修悦 岩手県出身。2003年、JR新宿駅の工事現場で警備員として勤務の傍ら、ガムテープを使った案内標識を作り始める。見やすく温かみのある独特の字体がインターネットや口コミで話題となり、「修悦体」として人気を確立。2007年よりJR日暮里駅で同じく業務の傍ら、「修悦体」の制作を手がけた。
(文責:萩原雄太、西田陽介/上野経済新聞)